「お客様の『味がたまに違う』という一言が、私の全てを変えました」
カフェのプロとして、これほど胸に刺さる言葉はありませんでした。
その日から、自分の技術を根本から見直すため、1年間にわたるハンドドリップの徹底練習が始まったのです。
この記事では、私が毎日記録し続けた練習ノートをもとに、基礎固めの3ヶ月から応用技術の習得、そして安定化までの全プロセスを公開します。
これは、一杯のコーヒーの品質を追求した、私の1年間の軌跡の物語です。
ハンドドリップ上達への道のりと1年間の練習記録

ハンドドリップ上達への道のりと1年間の練習記録
私がハンドドリップの技術向上に本格的に取り組み始めたのは、カフェを開業して3年目の春のことでした。お客様から「みおさんのコーヒーは美味しいけれど、たまに味にムラがあるような気がする」という率直なご意見をいただいたことがきっかけです。その言葉は私にとって大きな衝撃でした。
プロとしてコーヒーを提供している以上、毎回同じクオリティで安定した味を届けるのは当然のことです。しかし、振り返ってみると、忙しい営業時間中に無意識に手順を省略したり、集中力が散漫になったりしていることに気づきました。
1年間の練習計画を立てた理由
その日から、私は自分のハンドドリップ技術を根本から見直すことを決意しました。単発的な練習ではなく、体系的かつ継続的な取り組みが必要だと感じたからです。
練習開始時の課題分析:
– 注ぎ方が日によって不安定
– 蒸らし時間の管理が感覚頼み
– 温度管理への意識不足
– 抽出時間のバラつき
1年間という期間を設定したのは、技術の習得には一定の時間が必要であることと、季節による豆の状態変化も含めて学びたいと考えたためです。また、営業と並行して練習を続けるためには、無理のないペースで長期的に取り組む必要がありました。
練習記録の詳細な管理方法
毎日の練習内容を記録するため、専用のノートを作成しました。このノートは現在でも私の宝物の一つです。
記録項目:
– 使用した豆の種類と焙煎度
– 豆の挽き具合(粗さ)
– お湯の温度
– 蒸らし時間
– 総抽出時間
– 注ぎ方の特徴
– 味の評価(5段階)
– 気づいた点や改善点
最初の1ヶ月は、基本的な注ぎ方の安定化に集中しました。中心から外側へ向かって円を描くように注ぐ「の」の字注ぎを毎日50回繰り返し、手の動きを体に覚えさせました。
段階的な技術向上のプロセス
1-3ヶ月目:基礎固めの期間
この期間は、とにかく基本動作の安定化に専念しました。毎朝カフェの開店前に1時間早く出勤し、同じ豆を使って同じ手順でドリップを繰り返しました。
使用した豆:ブラジル・サントス(中煎り)
理由:クセが少なく、技術の違いが味に現れやすいため
最初の2週間は、注ぎ方だけでなく、お湯の温度管理にも苦労しました。デジタル温度計を使って85-90℃の範囲で安定させることを目標にしましたが、実際には3-5℃のバラつきがありました。
4-6ヶ月目:応用技術の習得
基本が安定してきたところで、異なる豆を使った練習を開始しました。浅煎り、中煎り、深煎りそれぞれに最適な抽出方法を探求しました。
この時期の大きな発見は、豆の種類によって最適な蒸らし時間が大きく異なることでした。例えば、エチオピア産の浅煎り豆は45秒の蒸らしで最も香りが立ちましたが、グアテマラ産の深煎り豆は30秒で十分でした。
7-12ヶ月目:個性の確立と安定化
後半の6ヶ月は、自分なりのスタイルを確立することに重点を置きました。お客様の好みに合わせて抽出方法を調整できるよう、パターンを増やしていきました。
この期間で最も印象深かったのは、常連のお客様から「最近、コーヒーの味が格段に安定していて、毎回楽しみにしています」と言っていただけたことです。1年間の努力が実を結んだ瞬間でした。
練習継続のコツと工夫
1年間毎日練習を続けるのは決して簡単ではありませんでした。特に繁忙期や体調不良の時は、練習をスキップしたい誘惑に駆られることもありました。
継続のための工夫:
– 練習時間を朝の30分に固定
– 週末は新しい豆での実験を楽しみに設定
– 月末に進歩を振り返る時間を作る
– 練習仲間(他のカフェオーナー)との情報交換
特に効果的だったのは、練習の成果を数値化することでした。抽出時間の安定度を標準偏差で計算したり、味の評価を5段階でグラフ化したりすることで、上達を可視化できました。
毎日練習を始めたきっかけと目標設定

毎日練習を始めたきっかけと目標設定
実は、私がハンドドリップの毎日練習を始めたのは、お客様からの一言がきっかけでした。カフェを開業して半年が経った頃、常連のお客様から「みおさんのコーヒーは美味しいけど、日によって味が少し違うことがあるよね」と言われたのです。その言葉は私にとって大きな衝撃でした。
プロとしてコーヒーを提供している以上、常に安定した品質を保つことは当然のことです。しかし、自分では気づかないうちに、抽出技術にムラが生じていたのです。その夜、一人でカフェの片付けをしながら、「このままではいけない」と強く感じました。
危機感から生まれた決意
お客様の指摘を受けて、私は自分の技術を客観的に見直してみました。コーヒー専門学校で学んだ基礎知識はあるものの、実際の抽出技術については、まだまだ改善の余地があることを痛感しました。
特に問題だったのは、忙しい時間帯での抽出の乱れでした。朝の8時から10時、そして昼食後の13時から15時といったピーク時間には、どうしても手順が雑になってしまい、お湯の注ぎ方や蒸らし時間が不安定になっていました。一杯一杯に集中できていない自分に気づいたのです。
また、季節や天候によって豆の状態が変わることも、安定した抽出を困難にしていました。湿度の高い日は豆の膨らみ方が違い、乾燥した日は抽出速度が変わります。これらの変化に対応できていなかったことも、味のばらつきの原因でした。
具体的な目標設定と計画立案
危機感を感じた私は、まず具体的な目標を設定することから始めました。単に「上手くなりたい」という曖昧な目標ではなく、測定可能で達成可能な目標を立てることが重要だと考えたからです。
私が設定した主な目標は以下の通りです:
目標項目 | 具体的な数値・基準 | 達成期限 |
---|---|---|
抽出時間の安定化 | ±10秒以内のブレに収める | 3ヶ月 |
湯温管理の精度向上 | ±2℃以内の誤差に収める | 2ヶ月 |
注湯技術の安定化 | 同じ豆で3回連続同じ味を再現 | 6ヶ月 |
総合的な品質向上 | お客様からの味のばらつき指摘ゼロ | 1年 |
この目標設定の際に重要だったのは、現役世代の限られた時間を最大限活用するという視点でした。カフェの営業時間外で練習時間を確保する必要があったため、効率的な練習方法を考案することが不可欠でした。
練習環境の整備と時間管理
目標を設定した後、実際の練習環境を整備しました。毎日の練習を継続するためには、練習のハードルを下げることが重要だと考えたからです。
まず、練習専用のコーナーをカフェの一角に設置しました。ここには練習用の器具一式を常設し、いつでもすぐに練習を始められるようにしました。使用する器具は以下の通りです:
– ハンドドリップ用ケトル(温度計付き)
– コーヒースケール(0.1g単位で計測可能)
– ストップウォッチ(抽出時間管理用)
– 練習用ドリッパー(本番用とは別に用意)
– テイスティングカップ(複数杯の比較用)
練習時間については、カフェの営業時間を考慮して、朝の開店準備前の30分間を充てることにしました。6時30分から7時までの30分間で、集中して練習を行うスケジュールを組みました。
この時間設定には明確な理由がありました。朝の時間帯は集中力が最も高く、また一日の始まりに練習することで、その日の営業でも技術を意識しやすくなるからです。さらに、朝の練習で使用したコーヒーは、開店後にお客様への試飲サービスとして提供することで、無駄を省くことができました。
毎日の練習を通じて、私は単に技術向上だけでなく、コーヒーと向き合う時間の大切さも再認識するようになりました。忙しい現役世代だからこそ、質の高い集中した時間を作ることの価値を実感したのです。
基本のハンドドリップ技術を身につける最初の3ヶ月

基本のハンドドリップ技術を身につける最初の3ヶ月
私がハンドドリップを本格的に学び始めた最初の3ヶ月間は、まさに試行錯誤の連続でした。毎朝6時に起きて、出勤前の30分間をハンドドリップの練習時間に充てていました。この期間で身につけた基本技術と、効率的な上達方法をお伝えします。
1ヶ月目:基本フォームとお湯の注ぎ方を習得
最初の1ヶ月間は、とにかく基本的なお湯の注ぎ方に集中しました。ドリッパーは初心者にも扱いやすいV60を選び、毎日同じ条件で練習を重ねました。
練習条件を固定化
- コーヒー豆:20g(中挽き)
- お湯の温度:90-92℃
- 総抽出時間:2分30秒を目標
- 抽出量:300ml
最初の1週間は、お湯の注ぎ方が安定せず、抽出時間が毎回1分30秒から4分まで大きくばらついていました。特に苦労したのは、お湯を細く一定の太さで注ぐことです。ドリップケトルの角度や手首の使い方を意識して、毎日10回ずつ空のドリッパーに水を注ぐ練習を行いました。
2週目に入ると、「の」の字を描くような円を描いて注ぐ基本動作が安定してきました。重要だったのは、肩の力を抜いて、肘を軽く固定することでした。この発見により、お湯の注ぎが格段に安定し、抽出時間も2分30秒前後に収まるようになりました。
2ヶ月目:蒸らしと温度管理の技術向上
2ヶ月目は、ハンドドリップの要となる「蒸らし」の技術習得に集中しました。最初は蒸らしの重要性を理解していなかったため、コーヒーの味が薄く、物足りない印象でした。
蒸らしの失敗パターンと改善策
失敗パターン | 原因 | 改善策 |
---|---|---|
コーヒーが膨らまない | 豆の鮮度不足、お湯の温度が低い | 焙煎から1週間以内の豆を使用、95℃のお湯で蒸らし |
蒸らし時間が長すぎる | 45秒以上蒸らしていた | 30秒でタイマーを設定、厳密に時間管理 |
お湯の量が多すぎる | 蒸らし用のお湯が豆の重量の2.5倍 | 豆の重量の2倍(20gなら40ml)に調整 |
温度管理については、温度計を使って毎回測定し、記録をつけました。お湯を沸騰させてから1分待つと約95℃、2分待つと約90℃になることを経験的に学びました。この温度の違いが、コーヒーの酸味と苦味のバランスに大きく影響することを実感できました。
3ヶ月目:抽出スピードと味の調整技術
3ヶ月目に入ると、基本技術が安定してきたため、より細かな調整に取り組みました。特に注力したのは、抽出スピードをコントロールして、理想の味に近づける技術です。
毎日の練習で、3段階に分けた注湯方法を確立しました:
3段階注湯法の実践
1. 蒸らし:豆の重量の2倍のお湯で30秒間蒸らし
2. 1投目:中心から外側に向かって、総量の60%まで注ぐ(約1分で完了)
3. 2投目:残りの40%を、お湯が完全に落ちる前に注ぎ始める
この方法により、抽出時間を2分30秒±15秒の範囲で安定させることができました。また、豆の挽き具合を微調整することで、同じ豆でも全く異なる味わいを引き出せることを発見しました。
3ヶ月目の後半には、朝の30分間で2杯分のコーヒーを安定して抽出できるようになり、家族からも「お店のコーヒーみたい」と評価されるレベルに到達しました。この基礎固めの期間があったからこそ、その後の上達が加速したと確信しています。
毎日の記録をつけることで、自分の成長を客観視でき、モチベーションの維持にも繋がりました。忙しい現役世代の皆様も、短時間でも継続することで、確実にハンドドリップの技術を身につけることができます。
中級者レベルを目指した練習内容と工夫

中級者レベルを目指した練習内容と工夫
抽出技術の精度向上への取り組み
基本的な注ぎ方をマスターした5ヶ月目頃から、私はより精密な抽出技術の習得に向けて練習内容を大幅に見直しました。この時期の最大の課題は、毎回同じ味を再現できるようになることでした。
まず着手したのは、注湯量の正確な計測です。それまで目分量で行っていた1投目の蒸らし用のお湯を、デジタルスケールで正確に測るようになりました。コーヒー豆20gに対して、蒸らし用のお湯は40ml(豆の重量の2倍)を基準とし、毎回この比率を厳守しました。
練習記録(6ヶ月目の例)
練習日 | 蒸らし時間 | 総抽出時間 | 味の評価 | 改善点 |
---|---|---|---|---|
6/1 | 45秒 | 3分20秒 | やや薄い | 2投目の注湯速度を遅くする |
6/5 | 30秒 | 3分05秒 | 理想的 | この条件を基準とする |
6/10 | 30秒 | 2分55秒 | やや濃い | 粉の挽き具合を粗めに調整 |
温度管理の精密化と実践的な工夫
中級レベルを目指すにあたって、温度管理の重要性を痛感した出来事がありました。ある日の朝、いつものようにハンドドリップを行ったところ、明らかに酸味が強すぎる仕上がりになってしまいました。原因を探ると、お湯の温度が85℃程度まで下がっていたことが判明しました。
この経験から、私は以下のような温度管理システムを構築しました:
段階別温度設定法
– 豆の焙煎度:浅煎り → 95℃
– 豆の焙煎度:中煎り → 88-92℃
– 豆の焙煎度:深煎り → 85-88℃
また、忙しい朝でも正確な温度管理ができるよう、温度計付きのドリップケトルを導入しました。これにより、お湯を沸かしながら目標温度に調整する時間を大幅に短縮できるようになりました。
抽出パターンの体系化と記録システム
7ヶ月目からは、自分なりの抽出パターンを体系化する作業に取り組みました。ハンドドリップでは注湯回数や各回の湯量によって味が大きく変わるため、パターン化することで再現性を高めることが目的でした。
私が確立した3段階抽出法は以下の通りです:
第1段階:蒸らし
– 豆の重量の2倍の湯量で30秒間蒸らし
– 中心から外側に向かって「の」の字を描くように注湯
– 粉全体が均等に湿るまで丁寧に行う
第2段階:メイン抽出
– 蒸らし終了後、中心部に細く長く注湯
– 湯面の高さを一定に保ちながら、2分間で目標量の70%を抽出
– 注湯の速度は1秒間に約5mlを目安とする
第3段階:仕上げ
– 残りの30%を30秒間で抽出
– 最後は中心部のみに注湯し、雑味の抽出を避ける
この方法を習得するまでに約3週間を要しましたが、完成後は味のブレが大幅に減少しました。特に、朝の忙しい時間帯でも安定した品質のコーヒーを淹れられるようになったことは、大きな成果でした。
練習の効率化を図るため、スマートフォンのメモアプリに「今日のハンドドリップ記録」として、毎回の抽出条件と結果を記録しました。この記録により、自分の成長過程を客観的に把握できるようになり、弱点の発見と改善がより効率的に行えるようになりました。